大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)1135号の9 判決
原告
千代田化成工業株式会社
右代表者
黒田重治
被告
中部ビニール工業株式会社
右代表者
待田清
被告
株式会社ほくさん
右代表者
水島健三
被告両名訴訟代理人
水田耕一
被告株式会社ほくさん補助参加人
日東産業株式会社
右代表者
山田伊三郎外一名
右訴訟代理人
福岡福一
外三名
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実《省略》
理由
一特許発明の名称を「軟質合成樹脂合着耐圧ホースの製造法」、特許番号を第二九九一八六号とする本件特許発明の、特許出願日が昭和三四年七月七日、出願公告番号が昭三六―九五九一号、出願公告日が昭和三六年七月四日、特許請求の範囲の記載が「本文に詳記し図面に示すように、軟質の熱可塑性合成樹脂管を適長に切断したものの中に空気その他の圧力媒体を充填封緘したものを内管となし、これに各種繊維の筒ネットを套嵌したものをヒーター内に通し、その内管の表面を加熱軟化させ乍ら押出成形機のヘッドを通し、同ヘッドのダイスを通るときにその外周に、ダイスから成形して押出される別の合成樹脂外管を套嵌合着して三層一体となし、次いて冷却して製品となす軟質合成樹脂合着耐圧ホースの製造法。」であることは、当事者間に争いがなく、〈書証〉によれば、K(原告代表者)が昭和三四年七月七日通称名T名義をもつて本件特許出願をなし、昭和三七年五月二六日特許第二九九一八六号として特許登録原簿に登録され、本件特許発明の特許権者となつたこと、その後の昭和四一年四月八日原告がKから本件特許権を譲り受け、同年五月一八日その移転登録を経由して本件特許権を承継取得し、本件特許権者となつたことが認められ、右認定を左右すべき証拠はない。
二原告は、被告Cが製造販売しまた被告Hが販売するイ号製品が本件特許発明の目的とする軟質合成樹脂合着耐圧ホースに該当するものであり、軟質合成樹脂合着耐圧ホースは本件特許出願日である昭和三四年七月七日当時において日本国内で公然知られた物でなかつたから、特許法一〇四条により、被告Cは本件特許発明の方法を用いてイ号製品を製造しているものと推定され、また被告Hは本件特許発明の方法を用いて製造されたと推定されるイ号製品を販売しているものといわなければならない旨主張する。
昭三六―九五九〇号特許公報(出願日昭和三〇年六月二四日)によると、原告の本件特許出願日(昭和三四年七月七日)以前日本国内において塩化ビニール等の軟質合成樹脂を基本管とし、これに編組その他の方法をもつて布管を被覆し更にその上を軟質合成樹脂層で被覆した三層の耐圧ホースが既に製造されていたこと、その製造における最後の合成樹脂(外管)による被覆加工の工程は、合成樹脂管(内管)たる基本管を高温加熱によつて溶融状態にある合成樹脂槽内に通すのであるが、その高温に遭つて合成樹脂の基本管(内管)表面まで溶解してその管原形を潰滅させる可能性があるので、基本管(内管)の内部に鉄棒を挿入し、外周にレースを巻き付けて緊縛し、管形の保持を図りつつ外管被覆加工を行なうものであることが認められる。そうすると、右製法においては外管被覆加工の際、内管も一瞬溶融することが認められるから、これに加熱溶融された合成樹脂(外管)が被覆されることによつて、内管、編組(例えば筒ネット)および外管の三層が一体的に合着した軟質合成核樹脂合着耐圧ホースが目的物として生産されることが容易に認められる。
以上によると、原告の本件特許出願日以前日本国内において既に本件特許発明の目的物とする軟質合成樹脂合着耐圧ホースの具体的製法が知られていたことにより、その目的物も公知の物であつたということができるから、本件特許発明の目的物が特許出願当時、日本国内において公然知られた物でなかつたとの原告の主張は認められない。
そうすると、本件特許発明について特許法一〇四条の適用の余地がないものといわなければならない。
三そこで、被告Cの耐圧ホース製造法が本件特許の特許請求の範囲に記載の要件を具えているかどうかを検討する。
同被告の耐圧ホース製造法が、その工程のうち熱可塑性合成樹脂に繊維の筒ネットを套嵌したものを熱風筒③内に通し、しかる後押出成形機④のヘッドのダイス⑥に通すときにその外周にダイス⑥から成形して押出される別の合成樹脂外管を套嵌し、次いで冷却する工程を有することおよび右熱風筒内の温度が摂氏六〇度ないし八〇度であることは、当事者間に争いがない。
四本件特許発明の方法においては、軟質の熱可塑性合成樹脂管を適長に切断したものの中に空気その他の圧力媒体を充填封緘した内管に各種繊維の筒ネットを套嵌したものを、これに別の合成樹脂の外管を套嵌する前に「ヒーター」内に通すことが本件特許発明の必須の構成要件であることは、本件特許請求の範囲の記載からみて明らかである。
原告は、「右内管をヒーター内に通す目的は内管の表面を加熱軟化せしめ合成樹脂内、外管を一体に合着させることにある、その温度は内管の軟化点より高く融点より低いことを至当とするのであり熱可塑性合成樹脂一般の軟化点より高く融点より低い温度は摂氏六〇度ないし三〇〇度である、イ号方法における熱風筒③内の温度は摂氏六〇度ないし八〇度であるが、この温度は右軟化点より高く融点より低い温度の範囲内のものであるから、熱風筒は本件特許請求の範囲に記載のヒーターに該当する」旨主張する。
そこで以下、本件特許発明にいう「ヒーター」の手段について検討する。
(一) 前記のとおり本件特許出願前、本件特許発明の目的物たる耐圧ホースは既に開発されていたものであるが、この種ホースの製法は前記二記載の製法のほか、昭三一―三二九六号(特許公報出願日昭和二八年一〇月一三日)によれば、本件特許出願前、繊維の筒ネット等補強層を施しかつ適宜の内圧を加えた合成樹脂内管を、加熱した合成樹脂糊槽の中に通して同糊を表面に付着させ、次いで押出成形機のヘッドのダイスに導く製法が知られており、右特許公報において、その際まず同ダイス中に設置されたガスバーナーで加熱し(結局、内管表面は加熱糊槽とガスバーナーで加熱軟化される)、その直後に溶融合成樹脂を被覆套嵌する方法が開示されていたことが認められる。
(二) 本件特許の願書に添付された明細書に記載の「発明の詳細なる説明」中に、本件「ヒーター」の具体的内容ないしその作用効果に関連して、次の記載がなされていることが認められる。即ち、
1 「本発明の実施に際しては、先ず内管となる所望口径の軟質ビニールパイプ1を……切断し、その一端を……密閉し、他端開口部から……流体を充填して開口端を密封し、これに……筒ネット芯……を、その全長に互つて套嵌し、……その一端から順次に電熱線を内装した筒状ヒーター5内に通し、その時の通過速度を、材質或は内管経の大小などで多少の相違はあるが、通常一〇m/Secに調整し内管1の外層を合着し易い程度に加熱軟化させ乍ら直ちに押出成形機のヘッド6に通し、同ダイス7の中心部から出るときに、ダイス7から成形して押出される塩化ビニール樹脂パイプ3で外装すると同時に、未だ軟化状態にある内外両管1・3を一体に合着し……。猶上記ヒーター5内の温度は目的とする内管1の軟化点よりも高く、融点よりも低い150°〜200°Cを至当する。」
2 「……内管を、そのまま若くは外周に任意の筒ネット芯を套嵌した状態にて加熱帯を通過させることにより、少なくともその表層のみを軟化せしめ、軟化状態を持続せしめ乍ら押出成形機のヘッド中を通し、同ヘッドのダイス中心部を通過するときに、その外周に該ダイスから押出される熱加塑性合成樹脂の管状体(外管)を套嵌合着し」
3 「予じめ製出した合成樹脂管を、押出成形機のヘッドに通してその外周に別の合成樹脂管を合着させ、肉厚を大きくした耐圧ホースを造ることは従来公知の方法であるが、使用される合成樹脂の内管そのものが、軟質のしかも中空体である為に、それを二次的に合成樹脂にて外装合着させると、そのときに内管が外力で歪曲、変形して外管との合着が不均一となり、また合着両層の間の気泡状瑕疵が生じて合着が非常に悪く、加うるに内管は一旦硬化せしめた軟質可撓性のものをそのまま用いられているので、合着に時間を徒費し能率もよくない。」
4 「併し本発明方法によると、内管の中に予じめ空気や水などの圧力媒体を封入し、その内圧にて内管の断面形を可及的一定に保形し、しかもこれを加熱して表層を軟化させてから押出成形機のヘッドに通して別の合成樹脂を外周に被着せしめるので、この合着時に内管はその中の圧力媒体により大きな応力を示し、従つて外管の成形圧力にて内管が歪曲、変形する欠陥を無くすると共に内管の表層が既に軟化されている為外管との融合着が非常に均一且合理的に行なわれ、以て耐圧性を向上された優秀なホースが比較的短時間裡に得られる。」
(三) 本件特許公報の「発明の詳細なる説明」中の前記各記載および前認公知技術を総合して考えると、
本件特許発明は三層一体となした軟質合成樹脂耐圧ホースについての従来の製造方法を基本的に採用するものであるが、従来方法においては内管が外力で歪曲、変形して外管との合着が不均一となつたり、合着両層の内に気泡状の空隙が残る等の瑕疵が生じやすいうえ、合着に時間を要するという欠点があつたから、本件特許発明において、内管に①空気等の圧力媒体を充填封緘したうえ、②押出成形機のヘッドに通す前にヒーターでその表面を加熱軟化させるという二工程を付加することにより、従来方法の欠点を克服し、内、外管の融合着を均一かつ比較的短時間に行なわしめることを可能にしたことが認められる。
ところが、右ヒーターによる内管の加熱軟化の程度については、本件特許請求の範囲に何等記載されていない。
しかしながら、本件特許公報の「発明の詳細なる説明」中には右ヒーター内の温度について、前記のとおり「内管1の軟化点よりも高く、融点よりも低い150°〜200°Cを至当とする。」との具体的内容の記載があるのみならず、審判請求書および審判事件答弁書によれば、原告が本件特許無効審判請求事件手続において提出した答弁書に、原告の本件特許発明と対比しながら、先願特許発明である昭三一―三二九六号特許公報にかかる「合成樹脂ホース製造法」について、「(右先願特許発明は)②内管の表面を加熱軟化させて外管を合着するのではなく、合成樹脂糊層内の糊を付着させ、この糊にて外管を接着するのであり(尚、甲第一号証第一頁右段一七行目に「……之を軟化せしめ」との記載があるが、これは本件特許発明におけるような内管と外管の融合着を行なうための軟化ではなく、内管をやわらかくして若干膨張させるためのものである。)③さらに、筒ネットの網目を通して三層一体に融合着するものではなく、内管の外部に施した編組層に接着剤を介して外管を接着するものである。」と記載し、本件特許発明における内管の加熱軟化は単に内管をやわらくして若干膨張させる程度のものでは足りず、内管と外管が融合着する加熱軟化を要する旨述べているので、以上の記載に照らせば、
本件特許発明にいうヒーターによる内管の加熱とは如何なる範囲の温度によつて行なつても足りるというものでなく、内管の軟化点よりも高く融点よりも低い温度即ち内管溶融直前の温度(以下「溶融軟化点」という)にまで加熱することにより、内、外管の融合着を均一かつ比較的短時間になさしめる効果を発揮しようとするもので、本件特許請求の範囲における「……内管の表面を加熱軟化させ……」の記載はこの意味においてなされているもの、即ち、本件特許発明におけるヒーターによる加熱は内管の溶融軟化点を目標とする加熱を意味するものと解すべきである。
五ところで、被告Cの耐圧ホース製造法において使用される熱風筒③内の温度は、前記のとおり摂氏六〇度ないし八〇度であり、他方によれば、被告Cの製品の内管(軟質塩化ビニール)の溶融軟化点は摂氏約一五四度であることが認められるから、右事実によれば、被告Cの耐圧ホース製造法において使用される熱風筒③は、本件発明の構成要件として使用される「ヒーター」の作用効果である「内管表層を溶融軟化させる程度に加熱する」作用効果をあげているものということができない。
そうすると、右熱風筒③は本件特許請求の範囲に記載の「ヒーター」に該当するものということができずまたその均等物ということもできない。
なお弁論の全趣旨によれば被告Cが本件耐圧ホース製造に使用している押出成形機のヘッドにはヒーターが装置されており、右ヘッドのヒーターは合成樹脂の溶融温度まで加熱しうることが認められるけれども、右押出成形機が本件特許出願前公知・公用のものであつたことは原告の自認するところであり、他方本件特許請求の範囲にもまた「発明の詳細なる説明」中にも本件特許発明において用いられる押出成形機のヘッドの構造についての説明が全くないから、本件特許発明は従来方法において用いられていた並通の押出成形機のヘッドを使用することを当然の前提としているものというべきである。すなわち、本件特許発明はヒーターを具備した従来のヘッドを前提とし、これとは別に外管が套嵌される直前に内管の表面を加熱軟化させるための特別のヒーターを設けるとの手段を用いることを本件特許発明の必須の要件の一としているものと解すべきであるから、ヘッドに具備された従来のヒーターは本件特許請求の範囲に記載された「ヒーター」に該当しないことも明らかである。
そして、被告Cの耐圧ホース製造法において、内管を押出成形機のヘッドに通す以前に、他にこれを加熱するヒーターの存在することも認められない。
すると、イ号方法が既に右の点で本件特許の技術的範囲に属するものということができないから、その余の点についてさらに検討するまでもなく、原告の被告Cに対する請求は認容できない。
六次に、原告は被告Hの販売する製品が、本件特許発明の方法を用いて製造されたものであるから、被告Hの右製品販売は、原告の本件特許権を侵害する旨主張する。
ところで〈証拠〉並びに弁論の全趣旨によると、被告Hは、被告Cおよび補助参加人各製造の耐圧ホースを販売しているものであることが認められる。被告Hが、右両者以外の製造者が製造した耐圧ホースをも販売していることを認めうべき証拠はない。
しかし、被告C製造の耐圧ホース製造方法は既述のとおり、原告の本件特許発明の技術的範囲に属しないものであるから、被告Hが被告C製造の耐圧ホースを販売することが、原告の本件特許権の侵害となるものではない。
次に補助参加人製造の耐圧ホースについてみるに補助参加人の耐圧ホース製造方法が原告の本件特許発明の技術的範囲に属する方法であることを認めうべ証き拠はない。
たとえ補助参加人の耐圧ホース製造法が本件特許発明の技術的範囲に属するとしても、〈書証〉によれば、本件特許発明が補助参加人の役員であつたKの職務発明であるところから、補助参加人が本件特許発明について通常実施権を有することの事実を認めることができ、右認定事実によれば、結局補助参加人製造のホースについても、本件特許権の侵害を認める余地がないものといわなければならない。
そうすると、被告Hが販売する製品が原告の本件特許権を侵害して製造されたものと認めることはできないから、原告の被告Hに対する請求も理由がない。
七以上の次第で、原告の本訴各請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(大江健次郎 小林茂雄 香山高秀)